「What’s “FUTURE IMPACT”?」
CCI FUTURE IMPACT Forum スペシャルインタビュー



社会をとりまく急激な環境変化や技術革新により、新たなサービスやビジネスが生まれ、
人々のライフスタイルや思考、行動様式が変化し続け、伴ってデジタルの影響範囲が拡大している現代。


常に時代に即した社会の在り方を考え、次の進化を遂げる未来に何が起きうるのか、何が生み出されるのか、何を残すべきなのか?
CCIは、あらゆる分野からの発想をインターディシプリナリーに議論する場「CCI FUTURE IMPACT Forum」を発足しました。


発足に際し、フォーラム座長の大澤 真幸氏(社会学者)に、
CCI取締役 小林 千秋が、フォーラムに向けた想いを伺いました。




小林
 今回CCIが発足したフォーラムのコンセプトは「What’s “FUTURE IMPACT”?」がコンセプトになっておりますが、社会学者として今お考えになっている課題感などがあれば、お聞かせください。



大澤
 社会学というのは、自分の社会はどんな社会なのかということを社会自身が自分で自己反省するというか、自己意識するものですが、今という時代はいろんな情報も学問もあるけれども、1つの全体として見たときに、それがどんな社会なのかということが、コンセプトとしてもイメージとしてもとらえがたいのです。

 これはあるフランスの哲学者の比喩ですが、現代社会を音楽に例えると、どの音が主音になっていて、どの音がそれをサポートしているのか、どれが協和音でどれが不協和音かわからないみたいな状態です。情報の集積としてはあるけれども、全体として見るとどういう特徴を持った社会であるかということがわからなくなってしまっている。誰もそれをわかっていない。そういう時代に入ってしまったと思うのです。

 だから僕は1つ1つの個々の現象だけではなくて、いまこの社会が人類の歴史の中でどういう社会なのか、どこに向かっているのか。ゴーギャンの絵みたいですよね。「我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか」みたいなことをトータルにつかむことが必要な時期に来ている感じがしています。

 そうすると、“今”をつかむのに“今”だけ見てもわからないみたいな状態になってくるわけです。例えば『サピエンス全史』という人類史全部を俯瞰する本があり、流行しました。これには時代の必然性があって、みんなが“今”を知りたいわけですが、“今”を知ろうとすると、結局、ホモサピエンス20万年分ぐらいを見なければわからないね、という感じだったのです。だから“今”のことを知ろうとすればするほど、過去にも未来にも長い展望が必要だという時代になっていて、そういうことが社会学という学問の最も重要な使命というか、自分もわずかな力ですが、やろうというのがあるのです。





小林
  現代は様々なものがとてもスピードが早くなってきていて、多様性の時代だと言われているというところがありますが、その部分だけを切り取ってそれぞれのパーツパーツだけを見ているだけでは、全体もつかめなければ、われわれがどこに向かうべきなのかということさえもなかなか導き出せないというような形ということですね。








大澤
 世界全体で見ると、それぞれのパーツについての博物学的知識は、まるで百科辞書みたいになっているのだけれども、誰も百科辞書の全体を見渡していない。そういう状態ですね。

 究極的には未来を見たいのだけれども、未来が見えるためには過去が見えないと難しいというか、未来についての新しい展望を持ったときは、過去が別の風景で見えてくるわけです。あれが大事な事件だったのだなというときの、その「大事な事件」はどれなのだろうかということがわかってくるわけです。それは僕らがどこに向かっているかわかっているからですよね。完全に車の両輪なのです。過去の見え方が変わるぐらいの見方でないと未来が見えてこない。そんな感じですね。



小林
 そういった中で、私としてもやはり全体像を見ていきたいという想いを強く持っています。今回、座長を務めていただくことになりましたが、フォーラム参加メンバーの皆さまには、どういった形で関わっていただきたいとお考えになりますか?



大澤
 座長というよりは媒介者として、フォーラム参加メンバーの皆さんがそれぞれ出会うきっかけをつくるというイメージだと思います。 これはどの方も考えいていることと思うのですが、自身がその分野の専門家としての知識や情報を持つ一方で、それが全体の中でどう関わっているのか、全体としてどう見えているかというのはわからなくなっていると思うのです。

  もちろん、みんな自分が大きな森の中にいることはわかっているのです。その森は、こっち側で例えば文学の研究をしていたとしても、ずっと向こうまでいけば脳科学の研究とつながっているとか、AIの研究だってどこかにつながっているらしい。でも「どうやったらつながるの?」と、誰も道がわからない状態になっているのです。だから、それぞれの分野で一流でかつ広く問題意識を持つ人たちに集まっていただいて、お互いの見えているものを交換していく中で何かが見えてくるはずだ。そういう感じですね。

 重要なのはコミュニケーションです。直接、話しをして、例えば文学をやっている人がAIの専門家に日頃から聞きたかったことを聞く。AIの専門家たちは自分がわかっていたつもりの文学が全然わかっていないとわかる、というような交流をすることが必要というか、できる時期が来たと思うのです。インターネットである程度わかることはあるけれども、やっぱり人間は直接的なコミュニケーションの方が圧倒的に生産性が高いのです。そういうこともあって、いろんな専門家の方々に集まってもらうという形にしたということです。



小林
 少し昔であれば、ある程度、社会というものをつかむことができた。形としてこういうものであると何となく把握することができた。でも今はそれがつかみづらい状況になっているというのは、いろいろな情報が取得しやすく、なおかつ、皆さんがいろんなものが動いていることを何となく感じているからなのか。それともそうではなくて、二極化、三極化するようなものではない、もっと細分化した状態になってしまっているからこそなのか。どちらが強いのでしょうか?



大澤
 両方だと思いますが、どちらかといえば後者の部分が強いのではないかと思います。 情報はどんどん増えていって、1人の人間が全てを把握するのは難しい時期になっているのですが、ある時期までは、全体の地図があって自分はこうやっているのだという、地図の中の位置づけが漠然とでもイメージできた。自分は人類の蓄積の中でいまどの場所にいるのかというイメージがつかめたのです。それが難しくなったのです。

 今、われわれの生活は何が欠陥かわからないけれども、いろんな問題があることはわかっているわけです。格差もあったり、環境問題もあったり、日本の場合は特に人口の問題もあったり。超専門的な知識を動員しなくても、正確かどうかはともかくとして、このまままっすぐいくと破局だけが待っていることはみんな知っているけれども、どうやったらコースが変わるかわからない。そういう状況を克服したいのです。





小林
そういったこともメンバーの皆さまとのインターディシプリナリーな(フォーラムという)場を通じて何かしらの気づきが導き出せればなと思います。







大澤
  人間は、意味のある仕事をしたい。もちろん、そのときにそれぞれの人が自分の社会的な栄達とか昇進とか、あるいは企業の儲けということは重要であるわけですが、それを通じて自分はもっと普遍的に意味のあることにつながっていることをやっているのだと思えないと、仕事は楽しくないのです。

 だからCCIの事業が発展するということは、それが日本社会や人類にとってゆくゆくはすごく意味があるということにつながっている。自分はその一端としてこの仕事を今やっているのだと思えると非常にわくわく感が出てくるけれども、自分自身の利己的・私的な利益だけの考えだと、だんだん萎えてきます。「何のためにやっているの?」みたいな感じです。だから全体像が見えないと、自分は意味のあることをやっているかどうかがわからないわけです。 このフォーラムを通じて、われわれがやっていることに普遍的な意味があるということを見るためのツールを、あるいはどこにそのツールがあるのかが見えてくるといいなと思いますね。



大澤 真幸 プロフィール

東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。社会学博士。
千葉大学文学部助教授、京都大学大学院人間・環境学研究科教授を歴任。
1990年代より、理論社会学の立場から現代社会の変容を総合的に分析し、論じてきた。著書に『ナショナリズムの由来』(講談社、毎日出版文化賞)、『不可能性の時代』(岩波新書)、『量子の社会哲学』(講談社)、『ふしぎなキリスト教』(橋爪大三郎との共著、中央公論新書大賞)、『自由という牢獄』(岩波書店、河合隼雄学芸賞)、『日本史のなぞ』(朝日新書)など著書多数。
個人思想誌『大澤真幸THINKING「O」』(左右社)主宰。現在、『群像」(講談社)誌上では、世界史の論理構造を解明する評論「〈世界史〉の哲学」を、『本』(講談社)誌上では、動物社会との比較の中で「人間」の本質を考察する「社会性の起原」を、それぞれ連載中。