CCI FUTURE IMPACT Forum for SDGs


CCI FUTURE IMPACT Forum for SDGs 第9回目は、コロナ禍における法治国家としての日本の現状とこれからの社会との関わり合いについて、法学者で憲法研究がご専門の木村 草太氏と社会学者大澤 真幸氏によるスペシャル対談をお送りします。



【第9回】憲法学者からみるコロナ禍における法治主義と社会の関係からみた現状と持続可能な社会とは
憲法学者 木村 草太氏 × 大澤 真幸氏

Part1(全5回)
コロナ禍で見えた、法治主義と対応とのギャップ


-大澤氏:
コロナの感染が始まってから1年以上が経過し、感染者数もなかなか減少しない状況が続いています。当初想定していたよりも長引いている印象ですが、これはこれから起こる様々な災害や破局的な出来事の一環とも感じます。この間、木村さんも様々なことをご発言、ご発信されてきたと思いますが、コロナから何を学ぶべきか、どのようなことをお考えになったのか、お聞かせください。


-木村氏:
私は憲法学者なので、どうしてもまずは「政府の対応と個人の権利、公共の福祉」というところから考えてしまいます。コロナ対応を通じて、「法治主義」を軽視してきたことのツケが出てきているということを改めて感じています。


-大澤氏:
この間、殊の外対応がうまく行かず、日本人の自己イメージも崩れるような状況だと思います。このような状況において、日本は巧に対応できると思っていたが、実際には大したことはできなかった。後手になっているといってもよいと思います。
「法治主義」とおっしゃいましたが、その観点から見た場合、どの辺りに問題があったと思われますか。


-木村氏:
私は一貫して、政府の目標が明確に説明されなかったというところに問題があると考えています。政府の対策目標が明確化にされないが故に、私たちの政府に対する評価の基準が定まらないということなのです。

具体的に言えば、台湾やニュージーランドのようにゼロコロナを目指すのか、ある程度までは許容し、それ以上は目指さないというWithコロナ戦略でいくのか、実はどちらの方向性でいくのか、明確に語られてきたことはないと思います。それが、法治主義と大きく関わっているところです。特措法に緊急事態宣言という制度があるのですが、宣言を出す条件が政令で定まっています。その政令を読みますと、最初の段階では、市中感染が起きていたら緊急事態宣言を出すことができるという政令になっていたのですね。今年の2月まではそういう状況でした。

だとすると、少なくとも特措法の頭の中では「基本的には市中感染が起きない状態を目指します」という前提であるわけです。いわゆるゼロコロナを目指し、市中感染が起きたら緊急事態宣言を出し、様々な要請をかけ、宣言を出す前の状態に戻しますという枠組だったわけです。しかし、初動段階では、緊急事態宣言をそのようには使わず、医療崩壊直前あるいは医療崩壊になってから初めて使うという運用にしてしまったために、政令に書かれていることと実際の運用が大きく乖離したまま1年が経過してしまったということが起きています。この乖離を是正するチャンスは何度もあったものの、それが結局出来なかったというのが一連の流れです。

法律をつくるというのは、私たちが要件を定め、目標を明確にするという効能があるのです。ですので、法律がなければ自由は制限できないというルールになっているのですが、そうなってはいなかった。法にきちんとルールを書き込むということへの意識が弱くなってきているツケがこのような形で出てきているというのが私の印象です。


-大澤氏:
なぜ法がそこまで蔑ろにされているのか、大変気になります。例えば今回のコロナの対応では、台湾、中国はある意味、非常に巧みに対応しました。逆にヨーロッパやアメリカの対応は厳しかった。しかし、ヨーロッパやアメリカにおいて厳しかった理由は、ある種明確で大義があるように思えるのです。欧米の特性として、コロナ対策よりも人間の自由の方が重要だと考える思想があり、コロナ対策には向いていない部分が存在します。一方、成功するには成功する国のタイプがある。

日本の対応を見て直観的に思ったのは、自分では法に従って動いているつもりでいながらも、一番重要な行動の原理は「法ではない」ということです。要は、様々なところの利害調整が行動の原理だったと思うのです。
もしゼロコロナを目指すのであれば、当然大きな犠牲を強いられるところがあるわけですが、一つのところに犠牲を強いるわけにはいかない。なので、様々な利害の妥協点を見出そうとしているわけです。法というのは目標があり、そこを目指しているわけですが、妥協点というのは一つの目標にはなりません。様々な目標のそれぞれの微妙な均衡点を探すということですから、日本の社会や政治は法の原理できちんと動くという原理とは違った方法で動いているのだということが、この特別な状況の中で明らかになってきたと感じます。この点について、いかがお考えでしょうか。


-木村氏:
そうですね。法や自由や正義などの理念というよりは、その場その場で選択されるアドホックな価値観が重視されるということなのだと思います。結局のところ、欧米が基準なのかなとずっと感じていました。日本の国の成り立ち自体が、わりと近代国家に入ってから、欧米に追いつくのだ、肩を並べるのだ、追い抜くのだということを基準とし、それを達成したかどうかで自分たちを評価してきた面は、明治国家以来の伝統だと思います。

今回、欧米のコロナ感染状況は日本よりも厳しいので、欧米と比較し、まだ日本はいいのではないかと。もっとうまくいっている国はあるのですが、欧米を見ながら動いていると日本政府は十分やっている、政府自身もある種の誇りを持つことができている。しかし昨年の頭に欧米の水準に達しつつあった際には我々も焦ってくる。と、このようにアドホックな価値観の根の部分に「欧米」というキーワードがあるような気もします。


-大澤氏:
日本の対応がよかったというよりは、運がよかったという気がします。どういう理由によるかは不明ですが、東アジアの人々は比較的重症化しづらく、感染しづらいという話があります。決定的な通説には至りませんが、私が一番有力かなと考えているのは、遺伝的な素因の話です。ネアンデルタール人由来のある遺伝子が強いところはコロナ感染が強く、東アジア系の遺伝子にはその遺伝子が少ないらしい。これが事実だとすると、今回感染状況が抑えられている理由はそんなことに過ぎないということです。日本の模範は長い間欧米であり、常に欧米と比較してきたため、中国と比較して状況が悪くてもさほど気にならないが、欧米と比較すると気になるということなのでしょうか。

木村さんのご意見をぜひ伺いたいのですが、今後世界の対立軸は基本的に中国対アメリカとなっていくと思います。21世紀になってからひそかな不安感があります。中国が意外と強い。中国は民主主義ではないため、対応がうまくいかないだろうという前提にあったが、中国共産党が独裁のまま成功し、世界で最も景気のよい国の一つという状況にある。今回のコロナ感染も最初は中国ローカルの問題かと思っていたのに、気が付いたら世界中の問題となっていた。それに対し、中国の対応が最もうまく、問題を早期にクリアした。世界の普遍的価値からみると、少し違うかもしれないところがうまくやったことに対して、皆不安を覚えているところがあるように思います。

これからアメリカと中国が基本的な対立軸になっていった場合、日本の立ち位置はどうなるのか。色々な理由から、どちらかといえばアメリカ寄りになるだろうと思います。現在多くの人は情勢を見ながらこの件について議論しています。しかし中国対アメリカの議論の背後にあるのは、基本的な価値観やそれに基づく政治のやり方、法に対する感覚の違いだと思います。どちらかを選ぶというのは、いわば世界観や価値観の選択になると思うのです。


-木村氏:
少しご質問してよろしいでしょうか。今のお話しで、中国とアメリカという選択があるという話なのですが、アメリカ型のリベラルデモクラシーやルールオブローは記述可能なのですが、中国の選択というのを他が模倣できるのか、あるいは記述が可能なのかということを疑問に思いました。
仮に中国を選ぼうと思ったとして、真似をするにはシステムの記述ができなければなりません。記述の可能性という点を考えた際、他の国と異なりかなり難しいと思われますが、その点はいかがお考えでしょうか。


-大澤氏:
中国はこれまでの文明的に取ってきた中華帝国的戦略を取っているのだと思います。帝国というのは世界全体を帝国にすることを目指すものですが、現代ではそんなことはできない。中国は「最低限ここまでは中国である」と決めている範囲があるのではないかと思います。それ以外は中国のヘゲモニーに服する、新中国グループに入るというイメージです。そのことによって、中国は経済的な利益を得るわけです。中国が最低限中国グループに入ると考えている範囲に新疆ウイグル自治区、香港などありますが、これから問題になるのは台湾だと思います。かつて秦の時代には台湾は中国であったこともあり、中国にとって台湾は本来の中国の範囲だと思っており、間違いなく21世紀の前半に台湾をどうするかという問題がでてくると思われます。具体的に軍事衝突が起きた場合、日本はどのような立場を取り、どのように対応するのかということも想定しておかなければならないのではないかと思います。台湾において集団的自衛権の問題もでてくるかもしれません。


-木村氏:
台湾は中国に対して自衛権を持っているのかという国際法的な論点があり、集団的自衛権の問題にはならないと思いますが、いずれにしても台湾に対してどのように対応するかというのは、今世紀での非常に重要な問題であるということですね。


-大澤氏:
なぜこのようなお話しを持ち出したかといいますと、今木村さんのお話しを伺って、こう思ったのです。対立軸からいずれの方向性を選択するかという問いに対して、原理的なところまで考えていったときに根本的な違いがあるなと。国が人の支配で成り立っているのか、法の支配で成り立っているのかを見ると、中国は人の支配によるところが大きい。中国では共産党の方が法よりも偉い。一方アメリカの場合は、アメリカ大統領よりも憲法の方が偉いわけです。しかし、日本に法の支配があるのかというのは、今回のコロナ対応を見ていると微妙に感じるところがあります。


-木村氏:
もちろん、日本において進んでいる部分もあるわけです。最近、私の大学では中国からの留学生が増えてきました。中国の方々の中にも、日本の法や政治の仕組みを学びたいという方が多くいらっしゃいます。母国に帰り、表現の自由の価値を伝えたいですとか、最近話題になりましたが、同性婚の研究をし、日本の取組を母国に伝えたいという大学院生さんもいらっしゃいます。このように、日本には西洋的近代普遍の価値があり、それを学ぼうとしてくれる方々が中国の中にも沢山いらっしゃるのだと思います。削れていっているとはいえ、日本にはまだまだ財産が沢山あります。それを大事にしていく道がとても重要であるということを、お話を伺い改めて思いました。


次回 Part2は、
『「緊急事態」の法的定義と「緊急事態」への対応とは』
についてお届けします。


【対談者 プロフィール】


大澤 真幸氏
社会学者
CCI FUTURE IMPACT Forum座長

千葉大学文学部助教授、京都大学大学院人間・環境学研究科教授を歴任。
1990年代より、理論社会学の立場から現代社会の変容を総合的に分析し、論じてきた。著書に『ナショナリズムの由来』(講談社、毎日出版文化賞)、『不可能性の時代』(岩波新書)、『量子の社会哲学』(講談社)、『ふしぎなキリスト教』(橋爪大三郎との共著、中央公論新書大賞)、『自由という牢獄』(岩波書店、河合隼雄学芸賞)、『日本史のなぞ』(朝日新書)など著書多数。個人思想誌『大澤真幸THINKING「O」』(左右社)主宰。現在、『群像』(講談社)誌上では、世界史の論理構造を解明する評論「〈世界史〉の哲学」を、『本』(講談社)誌上では、動物社会との比較の中で「人間」の本質を考察する「社会性の起原」を、それぞれ連載中。


木村 草太氏
東京都立大学 法学部教授
CCI FUTURE IMPACT Forumメンバー

東京大学法学部卒。同助手を経て、現職。 中学時代から法律に興味を持ち、高校3年生で司法試験の1次試験に合格。助手論文を基に『平等なき平等条項論』(東京大学出版会)を上梓。法科大学院での講義をまとめた『憲法の急所』(羽鳥書店)は東大生協で最も売れている本として、全法科大学院生必読の書と話題となる。
著書に『テレビが伝えない憲法の話』(PHP新書)、『キヨミズ准教授の法学入門』(星海社新書)、『集団的自衛権はなぜ違憲なのか』(晶文社)など。