CCI FUTURE IMPACT Forum for SDGs

各専門家からみた現在の状況とこれからの持続可能な社会について、
CCI FUTURE IMPACT Forum座長の大澤真幸氏と
あらゆる分野の専門家からなるメンバーの対談をお届けしてまいります。

今回は、Part1に引き続き、
長野 麻子氏と大澤 真幸氏のスペシャル対談Part2をお届けいたします。

【第5回】林野庁からみた現状と持続可能な社会とは
長野 麻子氏 × 大澤 真幸氏

Part2(全3回):日本人と自然の関係性。健全なサイクルを回す事の重要性


-大澤氏:
私の仮説なのですが、日本と西洋の間には「自然と人間とのポジションの違い」があると思います。西洋の場合は長野さんのおっしゃるとおり、人間は「自然の管理人」というポジションにあります。人間は神から管理を受託し、管理人としての責務を負っている意識があるため、環境に対してセンシティブになっている。
一方、日本人と自然との関係はどうなっているかというと、すごくわかりやすく言えば、「親子関係」に近い。しいて言えば「母子関係」でしょうか。自然のほうが親ということになります。そのように聞くと、母子のようにお互いを大事にし、愛し合っていて良いように思えます。
しかし、よく起こるのはこういうことなのです。思い切り反抗している非行少年がいたとします。自分では反抗して自立しているつもりですが、親はお金持ちで、反抗している子供を見放さない。そういう状況にも関わらず、子供はわがままを言えること自体が親に甘えていることなのだということに気付いていない。子供が反抗しているのは、そもそも、親が自分を見放さないだろうという安心感があるからで、反抗自体が、実は、親への依存への半面だったりする。
それと同じことが自然と日本人の間にも起きています。日本人は自然に甘え、何かいろいろあっても自然が何とかしてくれると思っているのです。


-長野氏:
それありますよね。水に流して終わるということとか。砂漠化が進む世界と異なり、雨が豊富で、森林が水をかん養し、川の運ぶ森の栄養分で豊かな海のある日本は、恵まれているからこそ、甘えてしまっているのかもしれませんね。


-大澤氏:
本当に比喩でなく、水に流しているのです。日本人の伝統的な自然に対する感覚が壊れてきているから自然破壊が起きているのではなく、日本人の伝統的な自然観のまま、自然に甘えているのです。甘えているが故に親に反抗できるドラ息子やドラ娘のような、そういう状況に近い。


-長野氏:
この豊かな自然は先人が長い年月をかけて私たちにつないでくれたものだと思うのですが、このままでは孫や曾孫の世代にこの母なる偉大な自然を残せないでしょう。それが世界規模で問題になっているのが現在だと思います。


-大澤氏:
親に甘えられる状況ではない。親である自然の方は耐えられない状況になっています。
最近一部の学者が中新世、更新世などの地層年代について「人新世」という言葉を良く言うようになっています。もはや「人間の活動」が地球環境の最も重要な決定要因となる新しいフェーズに入ってしまった。
いつから入ったのか正確には分かりませんが、長いスパンで見れば産業革命くらいから、短めに見れば20世紀の終わりくらいからでしょうか。極端に長く、新石器革命からだとかいう人もいますが、それはちょっと長過ぎかと思います。いずれにせよ、地球の生態系にある様々なものが相互に絡みながら地球の環境が決まっているのですが、ある時期から、一番の決定要因は「人間が何をやるか」ということになっている。 
先程の例でいえば、日本人の感覚には「母なる自然」があり、お母さんは強く、私たちを守ってくれると思っている。しかし客観的に見れば、すでに親よりもドラ息子の方が強くなってしまっているのです。つまり、ドラ息子が暴れると母親は死にそうになるということなのですが、それを知らずに大暴れしてしまっているのが日本人なのです。これをどのように解決すればいいのか。


-長野氏:
危機感を共有できていない。親が大変だぞ、弱っているぞということを把握できていない。親を思っていないということですよね。「親孝行したいときには親はなし」ということわざが現実になってしまいます。


-大澤氏:
一部の科学者の見解では、「親はすでにかなり弱っていて、へたをすると後100年くらいで死にます」という状況です。成人した息子がもう年老いている母親に甘えてしまっているという構造ですね。これは、一種のドメスティック・バイオレンスといってもよい。親は傷ついているのに、子供はまだ甘えている。そんな感じです。ヨーロッパでは、家庭内暴力をする息子ではなく、「きちんと庭の管理をしなければ」という感覚で行動していると思うのですが、いかがでしょうか?


-長野氏:
その例え、非常によくわかります。日本の国土面積の7割が森です。先人がはげ山に植えてくれた木が育ち、遠目で見れば青々としているので山があることは認識されつつも、その山の多くが実は人が植えたものであるということはあまり認識されていません。人が植えた以上、手を入れ続けなければならないのですが、しかし、人手もなく、儲からないので山や森に手が入らない状況にあります。
手を入れるためには、木を伐って、使うということが大事なのですが、鉄やコンクリート、プラスチックに代替され、木のある暮らしが忘れられている状況です。

私たちは、現在、木のある暮らしを取り戻そうという活動を積極的に行っています。木材の活用技術は年々進化して木造でビルを建築できるようになっています。木材は炭素を固定することができる再生可能な素材であり、建物を木造化することは街に第2の森をつくることになり、最近話題のカーボンニュートラルの実現に貢献できます。香りがストレスを緩和してリラックスさせるとか、木のあるオフィスで生産性があがり社員の健康度も高まるなど、木材による効果もわかってきていますので、昔のような暮らしに戻るということではなく、現代の生活をより豊かに、より快適にするために木のある暮らしを提案していきたいです。
「伐って、使って、植える」という健全な森林のサイクルを回して持続可能な森林経営をしていくことは、SDGsの17目標の多くの達成につながりますから、もっと多くの方に森や木と触れ合ってもらいたいです。先生のおっしゃるように、もっと危機意識を共有し、一人ひとりができることを提案していかないとそこに至らないのかもしれないと思いました。


-大澤氏:
危機意識というのはいくら煽ってもなかなか危機意識にはなりません。試験が迫っているから早く勉強しなさいと言われても、前日になってもまだ勉強しないというのと少し似ているといいますか。なかなか人間は難しいのです。環境問題の難しいところは、「これから危機がやって来る」ことを伝えなければならない所です。つまり、これからなのです。「これから」がいつ来るのかは、正確に予言はできず、皆なんとなく自分が死んだ後なのではないかと考えてしまう。すぐに来ているわけではない危機に対して人間は対応しづらいわけです。

私は今起きている様々な問題を単発の問題として扱うのではなく、一般的な大きなエコロジー問題の一部として「既に起きている問題」と捉えれば、これを踏切板としてエコロジー問題そのものに対し、切迫的に対応できるようになるのではないかと考えました。一般的で抽象的な図式に過ぎませんが、いかがでしょうか。


-長野氏:
概して環境問題というのは、緊急ではないが大事、かつ、やらないといけないことというのに分類されるもので、目先のことに囚われている人間からすると、なかなか手がつかない、後回しにされるということなのですが、自然の劣化がポイントオブノーリターン、超えたら不可逆になるという時点がくる前に手を打たなければならないと思います。

今回、全国的にコロナ危機が起きたことで、エポックだったなと思っているのは、都市であるとか集まることで効率化して良いと思っていたものが逆に密集は良くなかったということが明らかになったということです。
そういう意味では、東京や都市に集まって何かをやることが経済発展に繋がり、我々の幸せの方向だというこれまでの価値観があり、それを実現してきたことが今は行き過ぎてしまった、バランスを失ったということをコロナが教えてくれた部分があると思っています。

デジタルの技術が進めば、オンライン会議やテレワークなど、実際に集まっていなくとも集まっているように振る舞うことができます。デジタルとアナログを融合させた形で新しい生き方・働き方を考える。これまでの価値観を見直し、新しい価値観を打ち出していくのがよいのではないかと思っています。
一過性で「三密を避けましょう」というだけではもったいないですよね。


-大澤氏:
超えてしまってはだめなのです。しかし、弾けないとわからない。弾けた後になって初めてわかるわけです。しかし、そういうことを言っていては、必ずピークは越えてしまう。
人間はどうしたらいいのか。不可逆的なカタストロフィーを経験するまで進んでしまう。懸命にも手前で止まったとしても、それが本当に手前かどうかわからないので、もう少しいけるんじゃないの?と思ってしまうわけです。よかったね、手前で終わってと誰も思えない。それが手前かどうかわからないから。株と同じです。もっと上がるかもしれない。本当に手前の時点で手前だと思って止めることは、ほぼ不可能なことです。
これを本当にどうしたら実現できるのか、考えなければならないことだと思っています。


-長野氏:
温暖化にしても、世界各国取組を行い、パリ協定などで対応しようとしています。トランプ政権で協定から離脱したアメリカもバイデン政権で復帰する可能性があり、排出量世界一の中国が2060年までに排出実質ゼロを宣言する、EUはコロナ禍からのグリーンリカバリーを目指すなど、前向きな動きもでてきています。今後は地球のことを考えた取組の実践を各国や各企業が競っていく時代になると思います。豊かな自然が残り技術力のある日本こそ、その中でリーダーシップを取っていきたいですね。


-大澤氏:
いずれにしても、今回の問題は新型コロナウィルスという特定のイシューではあるのですが、無意識のうちに皆が感じているのは、我々が直面している問題はかなり大きな問題で、自分たちの考え方や生き方のベース全体に関わっているということです。しかしそう感じながらも、どのように関わっているのかを、まだ言葉に出来ないでいるということなのだと思います。
これ程の事が起きているにも関わらず、結局手を洗う頻度が少し高くなって、マスクをしている率が増えただけ。それが全てなのだとすれば非常にもったいない。根本的な課題解決につながっていないと思うのです。


-長野氏:
フォーラムでは、この課題に対し、あらゆる専門分野の方々が様々な意見を出し、ディスカッションを行い、私自身もとても勉強になりましたが、さまざまな形で言葉にしていく必要性があると思いますね。


次回 Part3は、
「後世への貢献に本気で取り組む。環境立国、日本の可能性」
についてお届けします。


【対談者 プロフィール】


大澤 真幸氏
社会学者
CCI FUTURE IMPACT Forum座長

千葉大学文学部助教授、京都大学大学院人間・環境学研究科教授を歴任。
1990年代より、理論社会学の立場から現代社会の変容を総合的に分析し、論じてきた。著書に『ナショナリズムの由来』(講談社、毎日出版文化賞)、『不可能性の時代』(岩波新書)、『量子の社会哲学』(講談社)、『ふしぎなキリスト教』(橋爪大三郎との共著、中央公論新書大賞)、『自由という牢獄』(岩波書店、河合隼雄学芸賞)、『日本史のなぞ』(朝日新書)など著書多数。個人思想誌『大澤真幸THINKING「O」』(左右社)主宰。現在、『群像』(講談社)誌上では、世界史の論理構造を解明する評論「〈世界史〉の哲学」を、『本』(講談社)誌上では、動物社会との比較の中で「人間」の本質を考察する「社会性の起原」を、それぞれ連載中。


長野 麻子氏
林野庁 木材利用課長
CCI FUTURE IMPACT Forumメンバー

東京大学フランス語フランス文学科卒。農林水産省入省後、フランス留学、バイオマス・ニッポン総合戦略検討チーム、国際調整課、(株)電通出向、食品安全委員会事務局出向、食品産業環境対策室長、報道室長、大臣官房広報評価課長を経て、現職。
NPOものづくり生命文明機構常任幹事。