CCI FUTURE IMPACT Forum for SDGs

CCI FUTURE IMPACT Forum for SDGs 第5回目は、
林野庁の長野 麻子氏と大澤 真幸氏によるスペシャル対談をお届けいたします。



【第5回】林野庁からみた現状と持続可能な社会とは
長野 麻子氏 × 大澤 真幸氏

Part1(全3回):コロナ禍で見えたデジタル化への遅れと環境問題


-大澤氏:
本日は、林野庁で国の森林や林業の施策に取り組んでいらっしゃる長野麻子さんに、政府のデジタル化問題とエコロジーに関する問題に対するお考えを伺いたいと思っております。
デジタル庁の創設という話もでていますが、新型コロナウィルス感染に関する一連の対応で、日本は役所のシステムのデジタル化において後進国であるいうことが判明しました。なぜこのような状況になっているのか、その原因についてどのような背景があるのかお聞かせください。


-長野氏:
デジタル化について、政府全体でITを進めようとか、全体で進めるべくデジタルガバメントの推進など行ってきているのですが、それによって、どういう暮らしが実現するのかなど、国民の皆さんに自分事となるようきちんとメリットを説明しきれていない状態ではないかと考えています。
皆さんに対し、「役所の手続きが便利になるんじゃないの?」というイメージしかお伝えできておらず、個別省庁はそれぞれ個別にデジタル化を進めており、ユーザー視点でのデータの取り扱いや連携、全体最適となるシステム構築などというのが欠けていたというのがよくわかる事例だと思います。

各省庁は頑張ってIT化に着手し、農林水産省でもスマート農林水産業などを推進しています。
このように、それぞれ個別最適としては進めてはいるものの、全体最適を考えるときの軸がどこにあるのか、それをマネージし、調整する機能が弱い中で、国民目線での全体最適を図るのが難しかったというように推測しています。
今後は、デジタル庁ができるということで、全体最適の仕組がつくられていくと思っています。


-大澤氏:
インターネットが普及しているからこそ、リモートワークの形で仕事が進められていますが、今後の社会は、よりデジタルやITに依存していく形になると思います。
コロナが襲ってきたのが、21世紀のこの時期だからこそ何とか対応ができていることが非常に多く、インターネットがない時代であったら、かなり厳しい状況になっていたと思います。
今後、インターネット・デジタル関連は、社会に対し、より重要になっていくと思いますが、日本もキャッチアップしていくと考えてよいのでしょうか。


-長野氏:
日本もキャッチアップすべく進めています。非常に険しい道ではありますが、日本は今後人口が減少していくことに鑑み、機械でできるところは機械で対応し、人間はもっと人間でないと対応できないところに集中するというように、人と機械、アナログとデジタルがうまく融合する社会を目指していけたらと思います。特に、農山漁村の人口減少は急速で、このままでは先人が手をいれて残してくれた美しい森や里山、田畑は維持できません。幸い、地域にある資源や文化に目を向けて地方創生に取り組む若者もでてきています。人口減少が進む農山漁村だからこそ、デジタル技術でうまくカバーして、都会ともつながる新しい挑戦が広がるフィールドにしたいと考えています。


-大澤氏:
私はデジタル化が遅れている理由の一つに、日本人のある種の仕事や組織に対する社会感覚が影響しているような気がしています。 今回のことは、たまたま運悪く新型ウィルスが侵入してきたということではなく、「新型ウィルスが入ってきやすいようなエコロジカルなシステムになってしまっているのではないか」というように、環境問題全体のベースの中から考えていかなければならないと思います。
「環境問題」として捉えた場合、どのようにお考えになりますでしょうか。


-長野氏:
そうですね。一部でウィルスは生き物かどうかという議論はあるものの、ともすれば人間中心で生きる中で忘れてしまっていたけれど、人間以外のウィルスのような得体のしれないものが生活に入ってきた場合も、本来であれば、自然環境の中ですべて共生しているはずなのであわてていてはいけない。ウィルスが侵入することも起きるのだというのが今回のことで強く意識付けられたのではないかと思います。
どのようにウィルスが発生したのか、事実関係は分かっていませんが、人間界に接しないものが人間界に接し、現代の人間の速い移動スピードが相まってウィルスが拡がっていったということをおっしゃっている方もいます。人間が自然環境の一部であるということに改めて気付かされる一つの大きな出来事であったと思います。


-大澤氏:
感染症ということであれば、以前、SARSやMARSがあり、今回は新型コロナウィルスを経験しています。SARSやMARSは、たまたま全世界には拡がりませんでしたが、ウィルスは、必ずしもくじ運が悪く拡がっているということではなく、もう少し必然性があって拡がっているのだと思います。

よく言われているのは、人間と野生動物との間のフィジカルな距離の変化です。
昔でいうとバッファーの地域といいますか。今では人間の住んでいる場所の隣に野生動物が棲んでいます。野生動物の持つウィルスが人間に感染するということを踏まえますと、人間の領分があまりにも越権的に広がってしまったとよく言われます。
この件についてどのように思われますか。


-長野氏:
まさに、昔の日本でいえばバッファーゾーンに里山みたいなものがあったわけですが、そういう地帯が開発とともになくなってきたり、耕作放棄されて人の手が入らなくなってきたりしており、林野庁としては、山自体にも関心やつながりが失われているという認識をしています。
野生動物との距離が狭まっている、ダイレクトになっているというのは否めません。


-大澤氏:
日本でも同じ状況でしょうか?


-長野氏:
コロナの起源がわからないので何とも言えませんが、日本の場合、諸外国、特に西洋と比較すると、自然と人間の領域をきちんと分けず、混然一体となるバッファー地域が多く存在しているといえます。
都市部分は西洋のように自然と切り離されて都市化されているものの、農山村では、自然の一部として人の暮らしが存在していました。
しかし、現在、山村での問題のひとつになっているのが、都市化に伴い過疎化が進んだことにより、山の方で人間の脅威が減った猪や鹿などが生命力高く繁殖し、人間の食物を食べてしまう鳥獣被害です。
このように、それぞれ領分を認識できる里山地域が消滅したことにより、人と野生動物はお互い距離感を取りあぐねている状況にあると思います。


-大澤氏:
先日、仕事で皇居の近くのホテルに行ったのですが、窓から下を見ると東京のど真ん中に広大な皇居の森林がある。これは世界的にも珍しく、日本は独特だと思います。
パリなども郊外に公園はありますが、都心の中心に森林は存在しない。人間と自然との関係が違うということを強く感じます。


-長野氏:
明治神宮にしても100年先の植生を見通して手入れをしたそうですし、他の神社なども、鎮守の森のような形で混然一体となった場所が存在しますよね。「八百万の神」「山川草木悉皆成仏」というように、あらゆるものに神が宿り、人間以外の生きとし生けるものと共生し、自然の中で生かされているという日本人の感覚は独特だと思います。


-大澤氏:
SDGsに関連するお話なのですが、先日あるデータをみて驚いたことがありました。それは18歳の青少年に対し実施した、「今、最も大事な課題は何か」というアンケート結果の国際比較データです。 その回答を見ますと、欧米諸国では1位が「環境問題」でエコロジー関係でした。アメリカでは「環境問題」は2位だったのですが、それでも2位です。もちろん「貧困」、「教育」、「経済」。どれも大変重要な問題だと思います。
しかし、日本の青少年の回答において「環境問題」は上位に入っていませんでした。
これは、どういうことだと思われますか?


-長野氏:
我々よりも環境に関して教育を受けている世代ですので、なぜ環境問題が上位に入らないのか、確固たる理由はわかりかねますが、想像するに、豊かな自然がある一方で、自然との距離が離れてしまったために、短期的な社会的課題ばかりに目が向いてしまっているのではないでしょうか。


-大澤氏:
この件は、よく考えなければならないことだと思うのです。どちらかといえば、日本の方が人間と自然との関係が親しいといわれていますし、実際にそうだと思います。
日本人は、都市をつくる際、自然対人間の領域というようにはっきりと区分をつくるのではなく、どちらがどちらともいえない相互浸透する形で都市をつくってきた感覚を持っていることを考えると、日本人こそ「エコロジストの最先端」にきてもよいはずなのに、そうはならない。
例えば、日本にグレタさんのような人が出てくるというのは考えづらい。ヨーロッパでは彼女の発言に対し、ティーンエイジャーのオピニオンリーダーという形で「私たちもそう思っていたのよ」という感じになるのですが、日本であのような人がでてきたら浮いてしまうと思うのです。
エコロジー思想を考えた際、日本こそ、これからのエコロジストのリーダーになってもいいはずなのに、「環境問題」に興味がないというのは不思議ですね。


-長野氏:
ちなみに日本の1位は何だったのでしょうか?


-大澤氏:
日本は確か「格差・貧困」だったと思います。他の国はほぼダントツで「環境問題」だったにもかかわらず、日本の場合、「環境問題」が10位以内にも入っていませんでした。


-長野氏:
自分の手で自然に対して何かできると思わないからなのでしょうかね。西洋ですと、「神が人間のために自然をつくりたもうた」という思想があり、自然を管理するのは人間の責務ですよね。 
一方、日本の場合、自然の中で生かされているという思想を持っており、地震や台風など自然災害といった大きな自然の現象の前に人は無力であることで一種の諦めの境地として捉えていることもあると思います。
高校生は、自分の手で何かしようと行動に移すこと、または何とかしなければならないということを自分事化できないのでしょうかね。これだけ災害が起きている状況ですので、もしかしたら自分で何とかできると思えないのかもしれません。


-大澤氏:
全世界的に極端な気候変動が起きていて、日本も非常に大きな影響を受けています。毎年のように記録を更新する規模の災害が来ている中、テクノロジーによって克服し、何とか生きている状況です。もしこれが縄文時代であれば、日本列島は「住むことのできない場所」とされてしまう程の災害を被っている。それにも関わらず、環境問題に比較的鈍感なのは驚くべきことです。


-長野氏:
環境に対する意識が浸透していると思っていたので、すこしショックですよね。
地球温暖化はじめ、じわじわと影響がでており、今からなすべきことをしておかないと取り返しのつかない状況になるのではないかと危惧しています。


次回 Part2は、
「日本人と自然の関係性。健全なサイクルを回すことの重要性」
についてお届けします。


【対談者 プロフィール】


大澤 真幸氏
社会学者
CCI FUTURE IMPACT Forum座長

千葉大学文学部助教授、京都大学大学院人間・環境学研究科教授を歴任。
1990年代より、理論社会学の立場から現代社会の変容を総合的に分析し、論じてきた。著書に『ナショナリズムの由来』(講談社、毎日出版文化賞)、『不可能性の時代』(岩波新書)、『量子の社会哲学』(講談社)、『ふしぎなキリスト教』(橋爪大三郎との共著、中央公論新書大賞)、『自由という牢獄』(岩波書店、河合隼雄学芸賞)、『日本史のなぞ』(朝日新書)など著書多数。個人思想誌『大澤真幸THINKING「O」』(左右社)主宰。現在、『群像』(講談社)誌上では、世界史の論理構造を解明する評論「〈世界史〉の哲学」を、『本』(講談社)誌上では、動物社会との比較の中で「人間」の本質を考察する「社会性の起原」を、それぞれ連載中。


長野 麻子氏
林野庁 木材利用課長
CCI FUTURE IMPACT Forumメンバー

東京大学フランス語フランス文学科卒。農林水産省入省後、フランス留学、バイオマス・ニッポン総合戦略検討チーム、国際調整課、(株)電通出向、食品安全委員会事務局出向、食品産業環境対策室長、報道室長、大臣官房広報評価課長を経て、現職。
NPOものづくり生命文明機構常任幹事。