CCI FUTURE IMPACT Forum for SDGs

CCI FUTURE IMPACT Forum for SDGs 第4回目は、クリエイティブ・ディレクターとして日本を代表する数々のクリエーティブに携わってきた思考家 白土 謙二氏と大澤 真幸氏による今の時代、多様化した世界での思考の在り方、コミュニケーションの在り方についてのスペシャル対談をお届けいたします。

【第4回】思考家からみた現状と持続可能な社会とは
白土 謙二氏 × 大澤 真幸氏

Part1(全3回):知的劣化の原因は想像力の欠如。想像力を持つには歴史や専門外の知識や理解が重要。


-大澤氏:
日本や世界の様々な問題が噴出している中で、今、もしくは今後の問題についてどのようにお考えかお聞かせください。


-白土氏:
コロナに人間がテストされているという感じがしています。テストの結果わかってきたのは、知的劣化が起きているということです。指導者層としては、反知性主義。立場が違えば評価がわかれるものの、科学的知見や合理性を無視し、自分が考えたことを自分の思うように発言している各国の意思決定者が政治的リーダーに増えており、怖いことだと思います。

政府のコロナの専門家会議ですが、2~30人の専門家を集めて実施したとしても、冷静に考えますと3時間議論したとしても1人5分くらい話すのがやっとだと思うのですね。当然、様々な意見がでるのが健全なのですが、いけす型、ロの字型の審議会議をやっても本当に議論ができるわけがない。役人の書いたものや一部の科学者の方が書かれたものを追認していくような審議会形式になってしまいます。このようなやり方は、システムとして霞が関を無能化しているということに気づいていない。もしくは、皆、気づいているものの違うスタイルにできない状態になっているのではないかと強く感じます。


-大澤氏:
今回のように、国難、人類的危機になったときでさえも、普段の官僚的なやり方や決められない会議というのを続けていることに驚きました。少し伺いたいのですが、白土さんがおっしゃっている反知性主義がひどいことになっているのではないかということについて、今、各国の代表的なリーダーについて言及されましたが、なぜこのようなことが起きているのか、お考えをお聞かせください。


-白土氏:
本来であれば、歴史や様々なことを勉強し、知と徳がある人が選ばれるべき政治的リーダーが反知性主義になっている。普通では考えられないことが起きている。その理由で考えられることは、エリートがやってきた仕組みでうまく経済が回って社会がまわってきたとおもっていたが、実際にはまったくうまくいっていないと思っている人々が多く存在し、そういったおかしいと思っている人たちに担がれた人が選ばれてでてきている。何もないところから急にでてきているわけではなく、社会が分断されているといわれていますが、グローバル化などの波にうまく乗れた人、乗れない人がいて、乗れていない側の逆襲といいますか、違う意見の側が今のリーダーを押し上げていると思います。


-大澤氏:
本来、反知性主義というのは、アメリカの文脈で最初に言われたことは必ずしも悪い意味ではないのですよね。エリートで威張っている人に対し、庶民の知性といいますか、本音の庶民の知性をぶつけあうという、いわゆる知性の平等主義の中で、反知性主義というものがいわれていたのですが、現在は、世界的に、単純に知性の欠けたポピュリズムのようなものが反知性主義の中心になってきてしまっていますよね。

私は、反知性主義が蔓延するということの反面、そもそも知性の権威が落ちてきているのではないかと思っています。専門家はすべてのことを知っているわけではないし、ごく一部の知識しかないわけですが、長い間、我々は専門家の知識に期待し、知的な権威のある人が正しいことを知っていると想定しており、彼らが話した通りにフォローするとうまくいくと考えてきたわけです。
しかし、ある時期から、知性の権威が落ち、知性を信頼していないということが起きている気がします。

優れた政治家であっても本当は知らないのだろう、優れた専門家であっても本当は知らないのだろう、彼らのいうことは信用しないぞというような状況が結果的には反知性主義を生んでいるのではないかと思うのですがいかがでしょうか。


-白土氏:
知的劣化の起きている原因は想像力が欠如していることなのではないでしょうか。それは、過去に対する想像力と、未来に対する想像力の双方が欠如していると思います。 過去に対していいますと、歴史を学ぶことをおろそかにしているということです。これは、環境問題で顕著になってきているのですが、例えば、東日本大震災で、原発が止まったことは想定外だったという関係者は多かった。地震がきたのは平安時代以来だといっている専門家もいましたが、しかし、明治時代にも、昭和の時代にも大地震や津波は数回きているわけです。このような話は歴史学や地震学の話で、自分は工学部で原子力をやっていて、専門ではないので知りませんということになりかねないわけですが、実際には何度も地震は東北にきているわけです。明治天皇が東北に軍隊を出して救助を行っていることなど、少し調べればわかるのですが、そんなことさえ想定外になってしまうという状況が今起こっていると思うのですね。

今回のコロナも同様で、パンデミック状態になってから急にペストの本がたくさん出版され、ペストが流行り、中世の宗教的権威が失われ、ルネサンスにつながったとか、第一次世界大戦は5,000万人亡くなったけれども、戦死ではなくスペイン風邪が原因で亡くなった方が多かったとか、私たちも含め、知らなかったことが多く出てきた。あまりにも知らない。 しかし、おっしゃるとおり、専門家は知っていてほしい。当然、専門家は想定内の知識を持っていてほしいところがあって、そこがあやしくなってきているのかな。全知全能の神ではないので、360度すべてを知っていることはできないわけですが、大事なことをそれに関わる人が知らないということ。ビジネスの世界ではゼネラリストかスペシャリストというのがあって、スペシャリストになると全体が見えなくなってしまうというという議論がよくあるのですが、学問の世界ですと、専門が蛸壺化して、専門的には深くなっているものの、全体を大きくとらえる人や大きな目で社会や歴史をとらえる人が少なくなってきている気がします。


-大澤氏:
白土さんがおっしゃったように、我々がまず歴史を知らないということ。また、未来を見ていないということ。
お話を伺って思ったのですが、過去への視線と未来への視線は独立ではなく結びついていると思います。
過去を見るというのは、言うなれば過去に亡くなっていった方たちを知っているということだと思います。死んでしまった人たちをどう見るか。彼らの無念や挫折や成功や失敗をどのようにリスペクトしたり正したりするという死者に対する感覚ですよね。
未来に対しては、我々が死んでいった後、まだ生まれていない人に対しての思いだと思います。死んでいった人に対する配慮とまだ生まれていない人に対する思いというのは、実は一つのものの二側面ではないかと思うのです。歴史を見ないということは未来を見ないことなのではないかな。どちらかだけということにはならないと思うのですよね。


-白土氏:
非常に興味深い見方ですね。二面性といいますと少し角度は違うかもしれないのですが、中国の李大釗という思想家が近代にいまして、毛沢東に共産主義を教えたという方で、その方の言葉に「歴史の進化と退化は並進する」という言葉があります。
何か世の中が便利になってよくなってきているなと思っているときに、必ずその反対側で悪いことが起こっていたり、衰えている、失われているという側面が起きているのではないか。皆は光の当たる進化や便利な方に目を向けるが、反対側で違うことが同じくらいの量、起きているのではないかという事が今とても大事な事だと思っています。


-大澤氏:
日本人は特に歴史に弱い部分があります。歴史を知らないということではなく、歴史に対するセンスが弱い、これはかなり文明的なものだと思います。中国においては、歴主主義といいますか、歴史から学ぶ、歴史を知っているということは不可欠なことです。日本は、中国ほど歴史に対するセンスがないのですね。

しかし、現代社会を把握する上で、現代はどうしてやってきたのかという歴史を知らないと難しい。今、我々はコロナへの対応をしているわけですが、これはすぐに歴史になります。単に過去のことになるということではなく、それによってほとんどの人は何かを学び、変化するということになるわけです。世界中の人がコロナを経験し、半分無意識のうちにものの見方が変わってくるとおもうのです。日本人は、終わったことを自分の中で消化する訓練ができていない。コロナ収束後、単に出来事が終わっただけであって、世界中の人は変化したのに、日本だけが変化に気付かず取り残されるのではないかという心配をしています。


-白土氏:
そうですね。日本の人達は、震災の際、「復旧」や「復興」というように、もとに戻すことを皆さん非常に大切におっしゃいます。
しかし、ヨーロッパだと「グリーンリカバリー」とか、アメリカだと「build back better」とか、より良く戻しましょう、あるいは環境とシステムを入れて、これまでとは違う形の新しいものを作り出そうというように、これを契機に学び、より良くしましょうという未来に向けた指針を出す人が多くいます。
日本は、失ったものに対し、どのように収益や景気を戻そうとか、常に悪い意味で過去にすごく縛られている。過去のいい所は残し、問題点は改善し、次のコロナにも備えなければならないのに、すごく後ろ向きな、正に「復旧」になってしまっているといいますか、復興して新しいものをつくっていかなければならないのに、そこができていない気がします。
先生がおっしゃるように、歴史でものを捉えるというパースペクティブが持てないということなのだと思います。


次回 Part2は、
「SDGsにおける日本の状況」
についてお届けします。


【対談者 プロフィール】


大澤 真幸氏
社会学者
CCI FUTURE IMPACT Forum座長

千葉大学文学部助教授、京都大学大学院人間・環境学研究科教授を歴任。
1990年代より、理論社会学の立場から現代社会の変容を総合的に分析し、論じてきた。著書に『ナショナリズムの由来』(講談社、毎日出版文化賞)、『不可能性の時代』(岩波新書)、『量子の社会哲学』(講談社)、『ふしぎなキリスト教』(橋爪大三郎との共著、中央公論新書大賞)、『自由という牢獄』(岩波書店、河合隼雄学芸賞)、『日本史のなぞ』(朝日新書)など著書多数。個人思想誌『大澤真幸THINKING「O」』(左右社)主宰。現在、『群像」(講談社)誌上では、世界史の論理構造を解明する評論「〈世界史〉の哲学」を、『本』(講談社)誌上では、動物社会との比較の中で「人間」の本質を考察する「社会性の起原」を、それぞれ連載中。


白土 謙二氏
思考家
CCI FUTURE IMPACT Forumメンバー

思考家 ファーストリテイリング/サステナビリティ委員会社外委員 Think the earth 理事
1952年生まれ。1977年立教大学卒業、同年4月株式会社電通入社。以来約20年間、クリエイティブ・ディレクター、CMプランナー、コピーライターを勤める。
その後、企業の経営・事業戦略からブランドコミュニケーション、商品や店舗の開発、イントラネット構築、そして企業カルチャーの変革からサステナビリティまで、広汎なビジネス領域の課題を、戦略と表現の両面から統合的に解決する独自のコンサルティングで活躍してきた、広告界のレジェンドの一人。
元・電通執行役員/特命顧問。