CCI FUTURE IMPACT Forum for SDGs

CCI FUTURE IMPACT Forum for SDGs 第2回目は、SDGs達成に向けて経済と課題の解決が二項対立的に考えられることが多く見受けられる中、それらを解決するためのグローバルな連携や共有する仕組みについて、財政学、環境経済学者の諸富 徹氏と大澤 真幸氏によるスペシャル対談をお届けいたします。

【第2回】財政学、環境経済学からみた現状と持続可能な社会とは
財政学・環境経済学者 諸富 徹氏 × 大澤 真幸氏
Part2(全3回)変化しつつある国家を超えた枠組みとSDGsの実現性


-大澤氏:
SDGsの話が出たのでそのお話をしたいのですが、その前にお伺いしたいことがあります。「インセンティブ」という概念についてです。
この概念は、現在の経済の中で最も頻繁に用いられる概念のひとつだと思います。
私は経済学が専門ではないので、一般教養として勉強するところから始め、あとは基本的には自学したわけです。1970年代にはサミュエルソンの経済学の教科書を勉強しました。この本は何度も改訂版が出ていますが、いずれもインセンティブという概念はなかった気がするのです。
ある意味で経済学の一つの発想であることは確かなのですが、インセンティブという言葉は1980年代くらいまではあまり使っていませんでした。
いつの間にかインセンティブが経済学の中でいちばんよく出てくる概念の一つになっていて、気づかないうちにパラダイムシフトというか、世界観の違いが出てきているような気がするのですが、いかがでしょうか。


-諸富氏:
サミュエルソンの頃は、結局、資本主義のシステムの性能を明らかにするという問題意識が強かったですよね。インセンティブという概念はあったわけでして、例えば、社会主義経済計算論争があったじゃないですか。あの話の中で、インセンティブという言葉を明示的に使っていたかどうかはわからないのですが、議論としてはあったと思います。
計画経済の下では、どうしても資源を有効に使うというインセンティブが働くはずがないという批判がありました。これに対して、いや、でもそれはスーパーコンピューターがあれば、どう資源配分をすべきか、効率的な資源分配になるか計算して指令できるのだという計画経済擁護の議論がありました。
なので、当時からインセンティブという言葉を使うかどうかはともかくとして、1970年代ごろから議論はなされていました。ただ、経済学の主潮流となる問題意識は、戦後の社会主義との対抗の中で、市場システム全体の性能を明らかにする中で、資本主義の優位性なるものを明らかにするという問題意識が強かったのではないかと思います。しかし、80年代末から90年代にかけて資本主義はいわば勝利し、それを契機に、計画経済に対する資本主義の有効性証明よりは、資本主義を前提として非効率な社会システムをより効率的にするにはどうするかという「システムデザイン」、あるいは「メカニズムデザイン」に問題意識が移りました。

「インセンティブ・コンパティビリティ(incentive compatibility)」という用語が、経済学の中でゲーム理論が台頭するのと並行して出現してくるのが、本格的に「インセンティブ」という用語が台頭してくる理論的な背景でした。これは誘因両立性と訳され、後に行動経済学にだんだんつながっていくのですが、人びとの行動を前提とした場合に、最も効率的に彼らが行動し、その結果、社会的厚生が最大化されるように制度環境を設計し、整えていくにはどうするかという問題意識が前面に出てきたのです。
これらメカニズムデザインの先駆者であるハーヴィッツ、マイヤーソン、マスキンの3人に対しては、 2007年度ノーベル経済学賞が授与されています。彼らの仕事は上述のように1970年代から公表され始めますが、それが経済学会の共有財産として全面展開されるようになったのは、1990年代以降でしょう。
意識はしていませんでしたがご指摘でハッと思う部分があります。


-大澤氏:
SDGsのことを念頭に置きながら伺います。諸富さんのやられている新しい資本主義という問題とも少し絡むのですが、不思議に思っていることがあります。例えば先程の新型コロナウイルスの薬の問題でもそうですが、アメリカが非常にセルフィッシュに行動しているということがあるわけです。

ただ、今までの経緯というか、20世紀の長い間、特に後半の経緯というのを考えると、どこの国も自分の国のために動いていたと言えばその通りですが、それでも一番利他的な形に近い行動をとったのはアメリカなのです。100%利他的というわけではありませんし、利他性自体が自己的であるというところもありますので理想化はできないのですが、少なくとも建前上はアメリカファーストとは言わず、世界のために動いてきた。そうすると他国もそのようにせざるを得なくなり、アメリカに引っ張られてきた。ところが、ここへきて最も自国ファーストで行動しているのはアメリカなのですね。
このことを不思議に思っているのです。同時に資本主義との関係でもそのように思うのです。もっとも先進的なのがアメリカであることは確かですけれど、同時に非営利という資本主義とは違うカウンターの動きが出てきたのもアメリカでした。

ところが、ここへきて資本主義と国民国家の両方のレベルにある葛藤や紛争の最大の原因がアメリカになってしまっているというのは、トランプ氏が大統領になったからという理由があるかもしれません。しかし多くの支持があって大統領となっているのですから、何か意外なことが起きている気がするのですが、どのようにお感じですか?


-諸富氏:
アメリカの中で意見分布の多様性が失われてきたのが問題であったのではと思います。特に、共和党がレーガン政権以降、市場主義に移っていく中で民主党も結局、クリントン政権以降は、まあイギリスのブレア政権もそうですけれども、新自由主義の方にシフトしていったわけですよね。
そういう中で、経済とか環境とか、国際的な貢献をどうやっていくかということに対するオルタナティブが出にくくなったという傾向がアメリカ国内において、ずっと指摘されていましたよね。その背後には、社会主義体制の消滅があったと思います。
我々のように財政学をやっている者の間でも、アメリカの研究者が、財政政策、租税政策、予算策定において、民主党が共和党の至上主義に対するオルタナティブ喪失状況に陥っているとよく議論していました。結果として、ほぼ共和党と民主党が同じ土俵に乗るようになってきたというわけです。

そういう意味では、国内でもオルタナティブ喪失状況にある中で、グローバルな次元でもアメリカの果たす役割をめぐって当然葛藤を生み出していったのではないかと思います。第2次世界大戦直後は、リベラルな国際秩序の形成が、アメリカの国益と一致したのでしょうけれど、いまは必ずしもそうではない。むしろ国内の新自由主義の高まりと同時並行的に、国際秩序についても新自由主義的観点で見る側面が強くなっていったのではないか。

つまり、国際関係を強力の視点よりは競争の視点で見て、アメリカが自国利益を追求する視点でそこに入っていくという発想が強くなったのではないか、と思います。その背後には、アメリカが良い意味で国際秩序の形成に貢献するよう行動していくという線を支える国内的な基盤が縮小したということが大きいのではないかと思います。


-大澤氏:
アメリカから離れて伺うのですが、SDGsの精神は、世界中の人を救う、誰一人として取り残さないということだと思います。そういうことを理念としてだけではなく、実際にやっていこうとしたらどういうことが必要になってくるかを考える際、例えば現在、財政は国家単位で行われているわけですが、ゆくゆくは、地球単位の財政というのがなければならない、というようになっていくはずです。それはまだ夢のままなのですが、現実的に見えてきているところとして、EUが共通の債権を発行するという形で共通の財政を行うということは大きな前進と言いますか、今までにない動きだと思います。

このような動きが今だけの一時的なこととして終わってしまうのか、EUで共通のやり方としてますます定着し、ゆくゆくはEU的な動きがだんだん多国間に広がり、最終的には我々が死んだ後かもしれませんけれども、もっと長い目でみた時に地球レベルの財政や地球レベルでの税制の可能性がありえるのか、このことについていかがお考えでしょうか。


-諸富氏:
すごく興味を持っている論点でして、自分が死んだ後でも、将来でも財政、また国家というものが今の国民国家の枠を超える契機が出てくるかどうか。グローバル連帯的な政府が、政府と呼べるものかどうかわかりませんが、出てくるかどうかということすね。これまではEUですら、喧々諤々の議論をやって、ようやく報道に出てくるような形に落ち着いたというようなレベルですから、ましてや他の国/地域においておや、ということで、いまグローバル連帯的な政府を展望するのは大変難しいのだとは思います。
しかし、一つは下部構造(経済・産業)がすでにグローバル化してきているという事実があります。多国籍企業という経済実態が現れてきて、国境を超え、環境問題と同様、税金についても大きなグローバル問題を引き起こしています。タックスヘイブンを利用し、例えばヨーロッパ中で得た利益をアイランドからバミューダに流し、欧州も米国も課税できないというようなことが起きており、各国とも減収に悩んでいます。

それで、デジタル課税という話が出てきている。OECDでデジタル課税議論が進んでおり、自分の専門領域なので最新状況をフォローしているのですが、どういう方向で国際課税ルールを改革するかという方向性が見えてきておりまして、びっくりするような案になりつつあります。近代国会以来、課税権力は国家主権とほぼイコールだったわけですが、国家間で課税権力を共有する形でいかないと、多国籍企業に対抗できない状況になってきています。国家も税収確保ということを考えるのであれば、自国中心主義だけでいてはアウトになってしまう。そこで、下部構造の変化に伴い、上部構造も変わらなければならないという結論になりつつあります。それは、課税権力をグローバル化するという方向になります。

また、もう一つ目立つのは情報交換の分野です。以前は二国間租税条約を締結して、例えば税金を払わずに逃げた企業がいた場合、それを追いかける際、二国間租税条約に基づいて、企業を特定し、このような事案があるので情報をくれないかと請求し、了承を得てようやく情報を取得していたものが、今はそういうことはせず、自動交換になっています。いちいち請求しなくても、日本企業で現地に口座がある企業の情報は自動的に交換しているというようなものです。以前は国家間で情報が分断されていたものが、今はネットワーク型になっているというのでしょうか。国家がグローバル企業に対抗するためにネットワーク化されつつあるというイメージを持っています。そういう意味では、いきなり世界政府ができるなどということにはならないのですが、国家がネットワーク化し、権力を共有ながら使っていくような方向に動きつつあるのかなという印象を持っています。


-大澤氏:
そういうことなのですね。数年前に、トマ・ピケティの『21世紀の資本』が世界的な大ベストセラーになりました。あの本の結論的提言というのは、格差が生じる主な原因は所得にあるわけではなく、代々受け継いできている資産にあるのだから、資産の格差がなくなるような課税をするしかないということです。しかも、それを一国レベルでやっていてもダメで、グローバルレベルで資産に対して累進的な課税をするしかないという結論でした。
ピケティは本の最初の部分に社会主義の話を書いているのですが、彼自身はベルリンの壁が壊れた当時まだ高校生で、社会主義とかコミュニズムとかマルクス主義というものに幻想を持つ前に冷戦が終わり、社会主義に対してユートピア的な幻想を持っていないと言っています。しかし、彼の結論を見ると、かつてあった社会主義よりもっと強力な権力を必要とし、もっと社会主義的であるように思えるわけです。

この本を読んで、こういう結論でしか解決できないのだとすると、なかなか大変だなという感想を持ちました。


-諸富氏:
ただ彼はある程度、現実を見ながらものを言っている部分もあるのですよ。一部は理想主義的で突出し過ぎである部分があるのですが、普通は世界政府が存在しない限り、ピケティがいうようなグローバル資産課税は無理ではないかと思うところではあります。しかし、課税権力はいまだに国家単位なのですが、先に申し上げました情報交換ができるようになってきています。アメリカはF A T C A(外国口座税務遵守法)という法律をすでに制定済みで、アメリカ市民が世界中のどの国に住んでいようと、その口座の資産情報を現地国政府を通じて全てアメリカ政府に対して報告してもらう仕組みを作り上げています。アメリカが最初に導入し、それが発展して国際の租税情報の交換に発展していったのですが、もしそのようなことが進んでいくと、ある個人が世界中のどこかに持っている資産情報を、各国政府がお互いに情報交換して掴かみ、その個人の居住地国政府において、グローバル保有資産の多い人にはより多く課税するということをやろうと思えばできる基盤が整いつつある状況にあります。

どのように具体化するのかという問題があるのですが、ピケティはアメリカのF A T C Aをよく研究していて、それについて『21世紀の資本』の中でしばし言及しているのですね。ですので、このシステムを発展させていくと、論理的、技術的にはグローバル資産課税は可能だということになりますが、政治的に許容されるかという問題は残ると思います。


-大澤氏:
最終的には技術問題よりも政治的な問題の方が障害になる可能性が高いですね。


次回 Part3は、「新たな資本主義と人的資本投資の必要性。持続可能な社会のための社会システムの在り方とは」についてお届けします。

【対談者 プロフィール】


大澤 真幸氏
社会学者
CCI FUTURE IMPACT Forum座長

千葉大学文学部助教授、京都大学大学院人間・環境学研究科教授を歴任。
1990年代より、理論社会学の立場から現代社会の変容を総合的に分析し、論じてきた。著書に『ナショナリズムの由来』(講談社、毎日出版文化賞)、『不可能性の時代』(岩波新書)、『量子の社会哲学』(講談社)、『ふしぎなキリスト教』(橋爪大三郎との共著、中央公論新書大賞)、『自由という牢獄』(岩波書店、河合隼雄学芸賞)、『日本史のなぞ』(朝日新書)など著書多数。個人思想誌『大澤真幸THINKING「O」』(左右社)主宰。現在、『群像」(講談社)誌上では、世界史の論理構造を解明する評論「〈世界史〉の哲学」を、『本』(講談社)誌上では、動物社会との比較の中で「人間」の本質を考察する「社会性の起原」を、それぞれ連載中。


諸富 徹氏
京都大学大学院経済学研究科地球環境学堂教授
CCI FUTURE IMPACT Forumメンバー

同志社大学経済学部卒業。京都大学大学院経済学研究科博士課程修了。横浜国立大学経済学部助教授、京都大学大学院経済学研究科助教授、同公共政策大学院助教授、同大学院経済学研究科准教授を経て、2010年3月から現職。この間に、内閣府経済社会総合研究所客員主任研究官、ミシガン大学客員研究員、放送大学客員教授を歴任。2015年4月より、ミシガン大学グロティウス客員研究員、および安倍フェローを務めた。主著に、『環境税の理論と実際』(有斐閣、2000年:NIRA大来政策研究賞、日本地方財政学会佐藤賞、国際公共経済学会賞を受賞)、がある。他に、『環境〈思考のフロンティア〉』岩波書店(2003年)、『経済学〈ヒューマニティーズ〉』岩波書店(2009年)、『地域再生の新戦略』 (中公叢書、2010年:日本公共政策学会賞著作賞を受賞)、「『低炭素経済への道』岩波新書(共著、2010年)、『脱炭素社会とポリシーミックス』日本評論社(共編著、2010年)、『私たちはなぜ税金をおさめるのか‐租税の経済思想史』 新潮選書(2013年:租税資料館賞を受賞)、『電力システム改革と再生可能エネルギー』日本評論社(編著、2015年)、『再生可能エネルギーと地域再生』日本評論社(編著、2015年)、『人口減少時代の都市』中公新書(2018年2月)、『入門 地域付加価値創造分析』日本評論社(編著、2019年)、『入門 再生可能エネルギーと電力システム』日本評論社(編著、2019年)、『資本主義の新しい形』岩波書店(2020年)、『グローバル・タックスー国境を超える課税権力』岩波新書(2020年)など。