CCI FUTURE IMPACT Forum for SDGs

各専門家からみた現在の状況とこれからの持続可能な社会について、
CCI FUTURE IMPACT Forum座長の大澤真幸氏と
あらゆる分野の専門家からなるメンバーの対談をお届けしてまいります。
今回は、前回に引き続き、
国際ジャーナリストの堤 未果氏と大澤 真幸氏のスペシャル対談のPart2をお届けします。


【第1回】ジャーナリストからみた現状と持続可能な社会とは
国際ジャーナリスト 堤 未果氏 × 大澤 真幸氏
Part2(全3回): コロナ禍の米国大統領選挙とデジタル化の影響




-大澤氏:
選挙は4年に1度ですから、少なくともこの4年間のことを考えなければならないが、実際には一瞬の判断というか一瞬の雰囲気で判断されてしまいますよね。選挙まであと少しという状況ですが、今回の米国大統領選挙に関してご見解はいかがですか?


-堤氏:
今年コロナ渦の大統領選挙を見ていて私が怖いと思うのは、むしろ選挙後の方ですね。
テクノロジーの進化とニュースの商品化がリンクして、デジタル選挙に投じるお金とエネルギーが圧倒的に増えている。これは選挙中だけでなく、どちらが勝っても、選挙後は「情緒」による一触即発的な不安定さが支配する社会がやってくる事を意味しています。
情緒といえばSNSです。これを最初に駆使したのはオバマ大統領で、2008年の選挙でフェイスブックを大々的に使って大きな成果をあげた。
今はパンデミックで皆さんさらに自宅でネットを見る時間が増えて、日常がデジタル化へ急速にシフトしています。SNSにつながる時間も増えている。フェイクニュースがでた時にPF側へ責任を負わせる明確な仕組みがないため、間違った情報が瞬時に拡散してしまう現象に歯止めがかかりません。情緒に訴えれば大衆を一定の方向に誘導する事もたやすくできてしまう。PF側の倫理的責任は実質野放しですから、選挙キャンペーンで「ルール無用の戦場」と化しているのです。
今、トランプさんの選対がどのようことをやっているかというと、単に今までのように全部の有権者にこういうメッセージを、というのではなく、有権者を細分化し、この層の人たちにはこういうタイミングで、こういう色合いで、こういうメッセージをいえば心をつかめるというように何十種類もの広告をばらまくのです。そこで手応えがあったものをリアルの遊説や、最終ラウンドのテレビ広告に利用していく。無駄がありません。


一方、選挙キャンペーンの主体が広告になってしまう事の弊害は、先ほど大澤先生が触れられたSDGsのコンセプトと1分ベストセラーのギャップの問題ですね。つまり政治という世界の中で、候補者は本来長いスパンで公約を語る。たとえば10年後、20年後のこの国をこんな風にしたい。そのビジョンを実現するために、これとこれを実行します、という具合ですよね。だから長期的な国家イメージや、コミュニティにとっての公益、広範囲で有権者を幸せにする政策を考えていた。けれどそれを伝える媒体がデジタル中心になっていく中で、候補者たちは、より反射的、皮膚感覚的に有権者が反応するように、目先のことにフォーカスするようにならざるをえなくなっている。消費者マーケティングが選挙をのっとり、政治の時間軸が変質しています。
もう一つの問題は、デジタル化に伴い、イデオロギーの二極化がエスカレートしていることです。この傾向は2016年にトランプ大統領が当選した頃から一気に進みましたよね。トランプさんのキャラクターが激しいからだ、などと言う声が多いですが、最大の理由は、デジタル進化が早すぎて、選挙運動そのものがマーケティング化されてしまったことにあります。パーソナライズされたカスタム広告を出す上で、イデオロギーが二極化していてくれたほうが候補者はやりやすく、テレビも視聴率が取れる。その結果、政治家や候補者に求められるものが変わってきてしまった。
例えば、共和党のためのメディアと言われるFOXニュースですが、かつてのように黙っていてもFOXが持ち上げてくれるという状況ではなく、今では共和党の政治家、候補者が、自分たちの発言がFOXニュースに取り上げられやすいよう、より過激な切り口に調整する、という逆転現象が起きているのですね。


そうなると何が起きるのか?「中道」が消滅してゆくのです。
政治には「中道」が必要です。何故なら100年先を見据えた国家の制度設計を考えるとき、二極化したイデオロギーでは大きなものが抜け落ちてしまうからです。例えば、過激な右と過激な左の間を、どう妥協して落とし所を見つけていくのか。妥協があったとしても、より広いコモンズのための政策を、イデオロギーを超えたところで共に目指し模索していく。このプロセスこそが民主主義であり、「中道」の存在意義ではないでしょうか。
政治家が次の選挙マーケティングを考えて皮膚感覚的なスパンで有権者にアピールしようとすればするほど、イデオロギーの二極化を後押しする結果になってしまう。その結果、いざ選挙が終わっても、政策立案をしたり、他党と妥協点を探る努力をしたりという本来の仕事に、エネルギーを割かなくなってきているのです。


-大澤氏:
今ご指摘いただいたのは、政治の本質にかかわることだと思います。
表面的なことですと、二極化と関係しますが、選挙ですから半分くらいの人は負け組になっているわけです。しかし、負けた人たちも含めてアメリカでは、「私たちの大統領」と認めなければならないわけです。
しかし、トランプ氏が大統領になってから「私たちの大統領」とは思えない、という人が増えたような気がします。これは選挙制度によって集合的意思決定をすること対する根本的な問題を含んでいると思うのです。
選挙を何故やるのかということを考えた時、もし神様がいて正しい判断が神託でわかっていれば選挙なんかする必要はないのです。昔は神のお告げを聞けばいい、ということをやってきたわけですが、どうやら神様がいて正しい判断を教えてくれるわけではないということになって、そうであれば人間の模索によって集合的意思決定をしよう、というのが選挙という制度なのですよね。
選挙には重要な問題があります。大抵半分近くの人が失望する。それにもかかわらず、負けた人たちも含め、民主的に決定したことに従わらなければならない。それが選挙であると。その場合、誰もが「自分にとっていいというよりアメリカにとって良い」、という判断をしているという前提があったと思うのです。誰もが「私のためではなく、アメリカにとって良いと考えて投票しているのだから、自分の意見とは異なる結果が出たとしても受け入れよう」、という前提があるわけです。
しかし、現代の選挙はSNS選挙で、パーソナライズされた嗜好に合わせて、短期的利益に訴えるだけですから、それぞれの人がその瞬間、瞬間に対して、自分にとって何が有利かというだけで投票します。選挙を成り立たせていた基本的なコンセンサスが成り立たなくなってしまっている。そうすると、負けた方は選挙結果に従う気がなくなってしまうのです。基本的なアイディアや考え方が崩されてしまっていると思うのです。


-堤氏:
本当にそうですね。私が懸念しているのはまさにそこなのです。何故なら今おっしゃった「選挙という民主的に決定した事の結果」に従う気持ちが、SNSを始め、個人の瞬間的感情や欲望に合わせてカスタムされるデジタル時代には、確実に薄れてゆくからです。
私の弟はアメリカ西海岸に住んでいるのですが、あの地域はトランプ大統領が当選した時、町全体がお葬式のように沈みこみました。私は2016年5月にトランプ大統領の当選を予測していたのですが、予想が当たったというだけで過剰反応し、クレームをつけてくる民主党員もいた程です。米マスメディアは基本的に民主党寄りですから、選挙後は日常的に反トランプ報道が流れていますが、昔よりずっと情緒的に視聴者を掴もうとするワイドショー式になっている。その結果、緑と赤の州の住人は、心底憎しみあうようになってしまいました。
大澤先生がおっしゃったように、本来大統領というのはものすごくリスペクトされる立場で、今のようにあからさまな人格攻撃にあたる誹謗中傷をここまで表立ってされるようなことは少なかったのです。でもあの2016年をきっかけに、メディアが先頭に立ってそれをやるようになり、空気が急激に変わってしまいました。選挙キャンペーンとマスコミ報道によってこれでもかと情緒的に煽られ、それがピークに達した時に結果が出る。そこで自分の支持する候補者が負けたときの衝撃を想像できますか?皆さん、世界の終わりのような気分になって、どん底まで落ち込んでしまうわけです。
アメリカでは、自分が応援するスポーツチームが負けると、ショックで翌日は出勤できなくなる人や、ひどいと鬱になって会社をやめてしまう人がいるのですが、今はもう、政治も商業スポーツと変わりません。
コンサルタントが仕切ることで政治は完全に隙間のない商品になってしまった。ビックデータが出現してから、それらを使って細分化されカスタマイズされたパーソナライズな広告が拡散され、生活の中心には公共利益より個人の欲望が主になるSNSがある。というように、選挙というものが完全に変質してしまったのです。SNSもデジタル技術もなかった時代にはアナログの中に隙間がありました。それは例えば、立場は違うけれどアメリカという国にとってどうなのか、環境問題は、医療の問題は?という、第三党の発想が入るスペースがあって、そこに政策の幅が生まれていたのです。今回の選挙戦を見ていると、もはや政治的立場が違うと、それを人前で口にすることすら難しくなってしまっているようです。


-大澤氏:
なるほど、そうですね。アメリカで大統領選挙がある年には、選挙のひと月くらい前に小学生に大統領選出の模擬選挙をやるそうで、その結果は実際の選挙と小学生の模擬選挙の整合性が高いと聞きました。普段の過程生活の中で、小学生は両親が話しているのを聞いているのですね。大人の価値観が子供に反映されている。そういう理由でおおむね選挙結果が一致するのだと思っています。
ところが、――木村草太さんに教えていただいたのですが――、前回2016年の選挙では、小学校選挙ではヒラリー・クリントン氏が勝っていたにもかかわらず、実際の選挙ではトランプ氏が勝つということが起こりました。本来であれば親が推している候補者を子供が推すわけですが、あの選挙の時には親が子供の目の前ではトランプ氏を推していない。口ではクリントン氏を推していながら、実際はトランプ氏に投票している、ということが起きたのではないかと思うのです。
最近の、朝日新聞で、4年前にトランプを推した人が、今回もトランプを推すのかどうかを取材した記事がありました。一部の州かもしれないのですが、「4年前にトランプ氏を推し、今も推しているけれども、このことは人には言えない。だから記事には名前を出さないでほしい」とか「4年前の選挙の時はみんなで議論したが、今はそんな議論はできない。飲み会ではそういう話をしないようにしている」という話が聞かれたとありました。これは何かというと、4年前に比べても分裂がさらにひどくなっている。4年前も赤いアメリカと青いアメリカとの分裂が強烈だったわけですが、今回はもっと強烈で、周りの人が少しでも青を推していたら赤を推しているとは言えないとか、逆もしかりとか。どうしてここまで分裂が深刻なことになっているのか不思議に思うのです。今回コロナの状況下で、地球規模で一致団結しなければならない状況にもかかわらず、なぜこのような状況になっているのでしょうか?


-堤氏:
まさに先ほどまでの話とつながっているテーマですよね。今回になってようやく「隠れトランプ」という言葉が大きく出てくるようになりましたが、先程も申し上げたように、前回の選挙から、すでに本音と建前の乖離は見え隠れしていたのです。少し遡りますが、その芽はアフリカ系アメリカ人のオバマ大統領の時代から顔を出していました。あの時期アメリカでは、ポリティカルコレクトネスによる閉塞感が一気に加速したからです。
この背景は、もともと「本音と建前」がある私たち日本人にはわかりにくいかも知れません。アメリカでは特にオバマ政権以降、リベラル派と左派メディアの人権意識の高さが、自分たちの尺度から外れる「不適切な発言」を排除しようとするあまり、非寛容な空気を作り出しています。一言でいうと、言葉狩りが止まらなくなっているのです。
前回の選挙キャンペーンの最中、メディアはトランプ本人とその支持者を、差別主義者、低学歴、品行下劣、貧困層、などと、人格攻撃に近い表現で容赦無く叩きました。トランプ支持を口にすると、政策ではなく人間性を叩かれるという空気の中で、親たちは子供の前でそれを言えなかったのでしょう。言論の自由が尊ばれるアメリカという国でこういう現象が起きていることに、前回の取材をしていてショックを受けたことを覚えています。選挙後に受けたある雑誌のインタビューで私は私は、「この選挙はクリントンではなくメディアの敗北だ」、と答えました。メディアは、自分たちがしているヘイトスピーチまがいの表現が、視聴率は取れても、結果的にトランプを有利にしている事に気がつかなかった。
例えば指名候補選びの段階で、党本部に不信感を抱いたサンダース支持者の4人に1人はクリントンに投票しませんでしたが、そのうち2人に1人はこっそりトランプに投票した「隠れトランプ支持者」だったのです。 そしてまた、都市部のエリート層であるメディア関係者は、それまで数十年間の歴代政権による政策によって社会的にこぼれ落ちた層の存在や、衰退する地方産業や人々の怒りや不満が限界に達していたアメリカの現実を、完全に見落としていました。
さらに、言葉狩りによる閉塞感にうんざりしていた人々が、それを次々に壊してくれるトランプを支持するという感情的経緯も、表には見えなかった。ポリティカルコレクトネスが作り出した「本音と建前」そのものによって、覆い隠されていたからです。
こうした背景が、あの乖離した模擬選挙の結果を生み出したのでしょう。


でもご存知の通り、トランプさんが当選して以来この傾向はますます勢いを増しているので、今回の「隠れトランプ」の数は、前回とは比にならないでしょう。
この間、あえて民主党の強い州でトランプを支持する有権者の方々に取材してみましたが、皆さん「経済が上向いて確定拠出年金の残高を3倍にしてくれたこと」「高すぎる薬価にメスをいれてくれたこと」「中国に対し弱腰でなくはっきりした姿勢で対峙しアメリカを守ろうとしている」などなど、経済政策と政策実行能力の方を高く評価していました。ただそれを「表立っては絶対に言わない」、と。
これは大澤先生の、「コロナの状況で、地球規模で一致団結しなければいけない今、何故アメリカは分断が進んでいるのか?」という問いに対する回答でもありますが、現在アメリカはイデオロギー分断どころではなく、まさに、国家ごと感情的決裂状態に陥っていると感じました。
トランプ支持を表明しただけでSNSは炎上するし、企業はイメージダウンを恐れてトランプを強く支持する社員を解雇する。ある種の人たちにとって、トランプ支持を口に出すことは職を失うこととイコールになりつつあり、特に高学歴の知的職業についている層ほど口に出さなくなっています。コロナ後の人種差別抗議デモではトランプ支持者が銃で撃たれて亡くなり、トランプの名前がプリントされたシャツを着ていた7歳の男児が暴力を振るわれた事件もあり、カリフォルニア在住のあるエンジニアは「トランプ支持を口に出すことは身の危険に繋がるレベルだ」とまで言っていました。お互い理屈でなく感情レベルで憎み合っているのでその逆もまた然りでしょうが。ですから今回の選挙は、どちらが勝っても、内戦になるのではないか、と言われ、9・11直後のような勢いで銃の売り上げが伸びています。
デジタル化は利便性を進化させる一方で、ジャーナリズムも政治も皮膚感覚的なスパンで動くようになり、「理性」より「感情」が動かす、荒れた社会を作り出してしまう。コロナ危機という非日常によって、そのことを「おかしいな」と立ち止まって考えるチャンスがかき消されて、社会全体が歪んだニューノーマルを受け入れ始めているのが心配です。
今年の大統領選挙を見ていると、まさに今のアメリカはこのモデルケースだと思いますね。

Part3では、「持続可能な社会の実現へ 時を超えた普遍的な場所への問い」についてお届けいたします。

【対談者 プロフィール】


大澤 真幸氏
社会学者
CCI FUTURE IMPACT Forum座長

千葉大学文学部助教授、京都大学大学院人間・環境学研究科教授を歴任。
1990年代より、理論社会学の立場から現代社会の変容を総合的に分析し、論じてきた。著書に『ナショナリズムの由来』(講談社、毎日出版文化賞)、『不可能性の時代』(岩波新書)、『量子の社会哲学』(講談社)、『ふしぎなキリスト教』(橋爪大三郎との共著、中央公論新書大賞)、『自由という牢獄』(岩波書店、河合隼雄学芸賞)、『日本史のなぞ』(朝日新書)など著書多数。個人思想誌『大澤真幸THINKING「O」』(左右社)主宰。現在、『群像」(講談社)誌上では、世界史の論理構造を解明する評論「〈世界史〉の哲学」を、『本』(講談社)誌上では、動物社会との比較の中で「人間」の本質を考察する「社会性の起原」を、それぞれ連載中。


堤 未果氏
国際ジャーナリスト
CCI FUTURE IMPACT Forumメンバー

ニューヨーク州立大学国際関係論学科卒業。ニューヨーク市立大学大学院国際関係論学科修士号。
国連、アムネスティインターナショナルNY支局員、米国野村証券を経て現職。米国の政治、経済、医療、教育、食、農政、エネルギー問題などを取材し、執筆、講演、各種メディアで発信。多くの著書は海外でも翻訳されている。『報道が教えてくれないアメリカ弱者革命』(新潮文庫)で日本ジャーナリスト会議黒田清新人賞。 『ルポ・貧困大国アメリカ』 (3部作:岩波新書)で中央公論新書大賞, 日本エッセイストクラブ賞。同書は「岩波書店百周年-読者が選ぶこの一冊」トップ10入り。 2013年「日本の教育を考える10人委員会」委員。『沈みゆく大国アメリカ』 (2部作:集英社新書) 『政府は必ず嘘をつく (2部作:角川新書) 『社会の真実の見つけ方』(岩波ジュニア新書) 『日本が売られる』(幻冬舎新書)『支配の構造』(SBC新書)他多数。